我慢することは強要されていない
恋愛とは一定の流れを経て実るものですが、出会いから始まって恋愛感情が芽生えること、そして相思相愛であることを知るということ。
恋人同士になりデートをしてケンカして倦怠期を迎えて男性は浮気をして女性は涙を流し別れる。あるいは女性が他に好きな人ができたからと別れを告げてくるというのもあるかもしれません。出会いがあれば新鮮な気持ちで恋をすることができるのは当然です。しかし新鮮というのは期間があります。そしてその新鮮な気持ちに誰もが心打たれるのです。出会いにはそもそも恋という種が撒かれています。
しかしその種を見つけた時って何の種だかはわかりません。しかし少し変わった色の種だったり自分好みの大きさや色だったりするとその種を育ててみたいと思うのが当然です。これが出会いにありがちな異性への外見での判断による興味です。
そしてその種がきれいであることからどうしてもその先に待ち構えているのは自分が勝手に思い描いているイメージです。こんなにきれいで立派な形の種なんだからよほどきれいな花が咲くのだろうと思っていたら何やらへんな芽が生え出してきたりすると「おや?」と感じだすのです。でも最後まで分かりません、よってこれが相手への我慢だったり、耐えて何かと気がすぎるのを待っている状態です。しかしある日突然、見るも無様な花が咲いていました。もちろんその月日はただただどんな花が咲くか、とても楽しみにしていたことです。その花をみた人間はとてつもないショックを受けるのです。
「こんなにも我慢し続けて、耐えながら育ててきた日々は一体何だったんだ」と。
失敗は成功のもとです!
これは恋愛がうまくいかない人が悩み続ける、出会いから恋愛への失敗例です。誰も頼んでいないのに勝手に我慢して耐え続けている、そして自分だけが我慢していたということを他人に押し付けるのです。
これでは、うまくいくはず恋愛だって必ずデッドゾーンに突き進むばかりで成功するとは、とても言い難いのです。自分さえ我慢すれば何とかなるという考えを持っているというのが正しいと思っているのんら今のうちの変えておいたほうがいいですね。喧嘩するほど仲がいいという言葉は、こういったことから考えることができます。
カップル成立までに胸がときめく気持ちを抑えることができないのもわかりますが、表面だけの形や色に騙されないでいるということがとても大事なことなのでしょう。